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マコーレー・カルキン君、最近上向きの活躍の様子が聞こえてきたのに、大麻所持で起訴とは、なんと言ったらいいのやら…。 そんなカルキン君がHome Alone シリーズとは全く違う悪役に挑戦したのがこの「危険な遊び」。 今やスターのイライジャ・ウッドと共演している。

二人とも子役としては抜群に上手い。 この二人の子役が、善と悪を演じる。 子供でなければありふれた題材なのかもしれない。 が、これはうまく料理すればとても良い映画になったはずなのに、いま一つ。 なんとも後味の悪い映画になってしまった。

イライジャ・ウッドが演じる善(…というかただの普通の子供だが)のマークが、母親を亡くしたところで物語は始まる。 観る側からするとマークの心情は理解しやすい。 一方、カルキン君演じるのが悪のヘンリー。 ヘンリーがなぜそんなに悪い子(ただし大人の前ではいい子)になってしまったのか、それがすぐにはわからない。 なんとなくは想像できるのだが、なぜだろう、と思って見ていると、終盤近くなりそれがはっきりする。 ヘンリーは死んだ弟のおもちゃを自分の隠れ家に隠していた。 母親がそれを見つけ問いつめられたとき「僕のおもちゃだった」と切り返す。 ありきたりだが、彼は母親の愛情に飢えていたのだ。 ところが当の母親の方はそれをどれだけ理解していたのだか…。 疑いをもった母親は、ヘンリーに単刀直入に聞く。 「弟を殺したのか」と…。 たとえそれが事実だったとしても、もう少し遠回しな聞き方はないものだろうか。

結局ヘンリーは最後まで母の愛を取り戻すことはできない。 報いを受けた、と言えばそれまでだが、あまりに救いがない。 一方のマークと母親の方はどうだろうか、というと、やはり彼らにも救いがないように思う。 結局、お互いの傷をなめあっただけ。 やりきれない思いが残る。

マークが閉じ込められるシチュエーションを作り出すためとはいえ、ヘンリーに対してはさみをふるう、というのはやりすぎ。 邪悪な相手には邪悪になれるというのだろうか。 その辺の終盤のまとめ方がやや強引。 ラストの前にもう一ひねりあっても良かったように思う。

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